3.『17歳』発病。
せっかく客も付いてきたバンドだったが僕はベースの人間性に愛想を尽かし脱退するとギターとドラムと香織ちゃんに相談したんだった。
香織ちゃんは猛反対したがギターは「金ちゃんが辞めるなら俺も辞める」と言い、ドラムも同意見で香織ちゃんは涙を飲んだ。
17歳の七夕。黄昏時。
「シルフィード」
解散ライブ。
中学の同級生、定時制の仲間、ささやかな追っ掛けバンギャ。そして香織ちゃんに見守れライブは笑いと涙で幕を閉じた。
その次の日に「角田」と言う中学の同級生から電話があった。
「俺、ボーカルやりたいから
お前ギターやれよ!
バンド組もうぜ!」
突然だったが僕は二つ返事でオーケーして先輩からギターを譲ってもらい練習した。ギターの難しさに愕然としたのを覚えている。
ベースとドラムはシルフィード時代の対バン仲間がサポートで付いてくれた。
このベーシスト「羽原」は後に他の仲間とスリーピースバンド(3人バンド)
『ブッダ』
と言うバンド名でプロデビューをする。
角田と組んだバンドの名前は、
『ペナルティエリア』
命名は僕。
当時流行っていた「バイセクシャル」というヴィジュアルバンドの写真集の題名からいただいたものだった。
ペナルティエリアで香椎という町にあるスタジオで練習した。
定時制友達の福ちゃんもベースを始め、一緒にスタジオ入りに同行していた。
香織ちゃんはなんと僕には内緒で、
『ルシファー』
というバンドを自ら立ち上げそのバンドのボーカルを始めていた。
定時制で知り合った先輩とバンドを組んだらしくペナルティエリアよりも早くライブを精力よくこなしていて僕はそれを福ちゃんから聞いたのであった。
香織ちゃんとのすれ違いが生んだ「ルシファー」だったのだろう。
しかしペナルティエリアとルシファーは何回となく対バンを繰り返していく。
8月下旬の事であった。
「金ちゃん、可愛い子がいるから、
その子の家にいかない?
俺の中学の同級生なんだよ!」
9月1日。
福ちゃんは嬉しそうに僕に話すと出かける準備を始めた。
僕と福ちゃんは定時制には行かず福ちゃんの地元「春日市」という土地でバイクに乗ったりギターを弾いたり酒を呑んだりして遊び呆けていた。
バイトは辞めた。
福ちゃんの実家が弁当とパンのお店を営んでおりそこでたまにバイトをさせてもらっていた。
「僕、明日はバンド練習もあるし今日は帰るよ」
福ちゃんの誘いを断ると福ちゃんは着替えも終えてモトクロスバイクの鍵を握りしめ、
「行くよ!金ちゃん!」
と強引に僕を連れ出したのだった。
僕は、まあいいか、具合な感じで福ちゃんと「その子」の家に向かった。
暗闇の中。
でっかい屋敷の裏手にモトクロスバイクを停めると屋敷の一つの明かりが灯っている窓に向かって福ちゃんがでっかい指笛を吹いた。
しばらくすると窓がカラカラと開き窓の向こうから手を振る仕草が見えた。
福ちゃんと僕は手を振る彼女の部屋へと歩いて行った。
瞳ちゃんは市内のお嬢様学校に通う僕達と同じ歳の17歳。
とてもおしとやかだが反抗期らしく部屋の鍵はいつも締め切っていて親を絶対に部屋に入れる事は無いようだ。
3つ上の兄と2つ上の姉がおり兄弟3人はすこぶる仲の良さだった。
深夜11時頃。
3人で瞳ちゃんの部屋を抜け出しモトクロスバイクに、運転福ちゃん、後ろに僕、その後ろに瞳ちゃんという形で3ケツして「白水公園」というバカでっかい森林公園の中を走った。
カラー舗装の森林公園の坂道を登り展望台で3人で酒を呑み煙草を吹かした。
他愛も無い話しをし、夏の雰囲気がまだ新しく残る展望台から視えた青透明の朝方4時。
「瞳ちゃん、学校だからそろそろ帰ろうか」
福ちゃんが言い、僕と瞳ちゃんも頷いた。
また福ちゃんの運転で僕、瞳ちゃんの順で3ケツして森林公園のカラー舗装の坂道を下る途中、
僕は後ろを振り向き瞳ちゃんの顔を見た。瞳ちゃんは目を閉じ、
僕と瞳ちゃんはモトクロスバイクの上で
キスをした。
香織ちゃんの顔は浮かばなかった。
10月中頃。
僕は不眠と胃の激痛と高熱が続き緊急入院した。
検査の結果は不安神経症と神経性胃炎と告げられた。
しばらくは熱と胃痛にうなされたけれどそれも治り次は「眠れない」辛さと戦う。「ソラナックス」という安定剤を処方されたのがこの頃だ。
やがて耳鳴りが激しくなりその辛さから開放されるのが瞳ちゃんのお見舞いに来てくれる時間だけとなった。
瞳ちゃんがお見舞いに来ている時は耳鳴りも止み憂鬱な気分も晴れた。
制服のまま病院に来てくれる瞳ちゃんは眩しかった。
しかし、恐れていた出来事が起きてしまった。
瞳ちゃんがお見舞いに来ている真っ最中に香織ちゃんがやってきたのである。
香織ちゃんは別れた訳じゃないし当たり前で予想してはしていた事だった。
僕の病室のベッドの横に瞳ちゃんが座っている時に香織ちゃんは僕へのお見舞いのガーベラの花束を持って現れた。
病室は凍りついた。
数秒、香織ちゃんは僕を見つめてから、
ガーベラの花束を僕のベッドに投げつけて帰って行った。
瞳ちゃんが恐怖に怯えている中、
僕はヘラヘラと笑って誤魔化した。
香織ちゃんとのバイクの旅の夢は叶わないままだった。
12月20日、
僕と香織ちゃんの物語は幕を閉じた。
確か満月くらいな夜。
ヴィジュアルバンド
「BUCK-TICK」の曲
『ムーンライト』がよく似合う夜だった。
新しい春が過ぎ五月晴れの日、
瞳ちゃんのお腹に新しい命が宿った。
僕達の子供。
瞳ちゃんは学校を辞めた。
また僕は女の子に学校を辞めさせた事になった。
瞳ちゃんの両親はもちろん子供を産む事に全力で反対し、
僕と瞳ちゃんは駆け落ちという手段にでた。
友達の家を転々とする日々。
僕は定時制を正式に辞めて仕事を探した。
瞳ちゃんと、生まれてくる新しい命の為に金が必要だった。
ロトのバンド「ボバズ」のドラム、
『タロちゃん』からの紹介で鳶職の会社に面接を受ける事になった。
地元、香椎にあるハンバーガー店、「ドムドム」で会社の社長を名乗る人物、
『山本さん』に面接を受けた。
「キミが金田君ね」
社長の山本さんに言われたと同時に面接に一緒に同行してきた瞳ちゃんを紹介して事情を話した。
「お腹に子供がいるんです!
何でもしますから僕達を会社の寮に
入居させて下さい!」
駆け落ちしている事から全てを話した。
そんな僕に山本さんは落ち着いた表情で言った。
「今から瞳さんの実家に行こう。
私が瞳さんの両親を必ず説得して
キミ達を幸せにするから安心しなさい」
僕と瞳ちゃんは安堵に落ちた。
山本さんと瞳ちゃんの両親との話し合いは深夜3時までに及び、なんと瞳ちゃんの父親が折れた。
「せ、せめて世間体、結婚式だけは
挙げさせてくれ」
瞳ちゃんの父親が唸るように言うと山本さんは笑顔で頷いた。
この時、山本さんは35歳。
事は奇跡のように上手く行きだしていた。
7月30日。
夏、真っ盛り。
バンドさえも全て捨てた日だった。