アルコール中毒ROCK

酒と病気と音楽と人生を転がり倒す。

12.『26歳』りんとの出会い。

ヤフーチャットで初めて入室した部屋が

『音楽全般』

という部屋だった。

入室してから緊張した指で「こんにちは」とタイピングするとパラパラと「こんにちは」と返事が返ってきた。それからは僕はずっとROM(傍観していること、またその模様)しており皆んなのチャット風景を眺めていた。

 

しかし楽しい。

こんなにチャットとは楽しいものか。

 

それから僕は、

『初心者1~最初はここから』

といった部屋に入室した。

ここでも「こんにちは」と挨拶したがこの部屋はどうやら常連の巣窟らしく誰も返事はもちろん相手にもしてもらえなかった。

『初心者部屋』はチャット人口が増えると自然と増えるらしく己で初心者部屋を作れるとの噂もあった。

 

部屋はカテゴリー毎に幅広く

「音楽全般」

「生活」

「アニメ、漫画、映画」

「出会い」

「アダルト」

様々だった。

カテゴリー内で「自分専用の部屋」も作成できて本当に興味をそそるものばかりであった。

 

 

初めは会社の事務所でデスクワークの傍らや残業と詐ってヤフーチャットをしていたがとうとうマイパソコンを購入した。全てはヤフーチャットをやりたいがためである。ベース探しの目的はもうどうでもよかった。どんどんできていく仲間、友達が楽しく愛おしかった。

 

夜も寝るのも惜しくて夕方過ぎから『CG202』とビールを呑んで深夜のチャットに備えた。

夕ご飯が終わり瞳ちゃんと何でもない会話をして子供達と一通り遊び終わると夜9時頃から毎晩パソコンを目の前にビールをがぶ飲みした。

 

仲良くなったチャットの友達、

「けじ」

「ばぐ」

「じょじょ」

「りん」

達と毎晩酔潰れるまで呑んで話した。

後にヤフーチャットには

「カメラ」や「マイク」などの動画と生声の会話もできるようになるが当時はまだその機能は無かった。

 

皆んなでパソコンのメールアドレスや携帯のアドレスを交換してお互いの顔写真を送り合いこして楽しんでいた。

 

チャット仲間の中で女性はやはり人気が高くとくにタイピングする文章がいつも楽しく冴えていた女性の『りん』は皆んなの人気もので、僕と同じ福岡に住んでいるらしく経理の仕事をしていた。

りんは自分の部屋を作成しており名前を、

『芋部屋』

と名付けていた。

「りん」とは「プリングルス」から取ったハンドルネームらしかった。

 

「芋部屋」には毎日常連達がこぞって遊びに来た。僕もその内の1人だ。りんしか部屋にいない時もあってその時は2人で色んな話しや地元の話しをして盛り上がっていた。

 

 

仕事の方は睡眠不足と言うか不眠で会社に出勤することが多く図面を書いていても居眠りしたり、1度電動消しゴムで図面を削りすぎて破くというミスまでおかしていた。

しかしデスクワークしながら昼間も会社からチャットをして、それだけではなく昼休みにコンビニに行き会社に隠れてビールを呑むということまでになっていた。

チャット=酒

と身体が覚えてしまっていた。

 

 

 

 

 

僕の趣味はチャットだけではない。

釣りもそうだし土曜日は毎週、タロちゃんとういちゃんが大量のビールや焼酎を持って僕のマンションに遊びに来るのでその時に皆んなで呑みながら、

『呑み会用カセットテープ』

なるものを聴きながら酒を呑んだ。呑み会用カセットテープには皆んながそれぞれ好きなアーティストの曲が入っており、それを流して楽しんでいた。

 

酒が進むと僕は「アコースティックギター」を弾いた。17歳から作っていた曲達にタロちゃんと一緒に歌詞を付けて皆んなで大声で歌ったものだった。

他にも、

 

「舟唄」

「酒と涙と男と女」

中島みゆき』を熱唱していた。

 

子供達はタロちゃんにやたらと懐いていた。

タロちゃんはビールサーバー設置業務をこなしていたが保育士の免許も持っていた。「子供はキライダ」と言いながらも子供達にはすこぶる好かれておりタロちゃんも満更でもなさそうであった。

 

そのままタロちゃんとういちゃんは僕んちに泊まる。

 

日曜日、早朝4時。

僕とタロちゃんは朝靄の中、会社からあてがってもらっている軽トラックの荷台に釣り道具を積んでブラックバス釣りに出かける。

釣り場は市内で東、南、西区。佐賀は東脊振から粕屋町宇美町春日町という所の野池は全てと言っていいほど行き尽くした。

 

釣りは岸からするのであるが僕もタロちゃんもアルミボートに憧れた。バスプロ達のビデオや雑誌を観て尚の事欲しくなった。

そんな時に僕は仕事帰り釣具屋さんで、

『フローター』

なるものを見つけた。

 

フローターとは要は浮き輪である。

浮き輪に座るようなクッションが付いており湖に浮かんで釣りをするものだ。下半身は濡れないように魚屋さんが履いているような胸までのウェットスーツを着て足にはヒレを履く。

4万程で買える。

僕は釣具屋さんですぐさま購入した。

その足で自宅の近くのいつも通っている野池に向かった。

 

初めてのフローター。

ウェットスーツを着てフローターにまたがり足ヒレを履いた。

後ろ向きからそっと野池に入っていく。

どきどき。

 

ふわぁーっ

 

っと野池に浮いた僕。

「何だこれ!気持ちよすぎだろ!」

僕はそのまま釣りをしないでタロちゃんに電話をした。

 

「金ちゃん?どうしたの?」

 

まだ仕事中であろうタロちゃんに今の浮遊感を精一杯伝えた。

 

「マジか!!おれも今週の土曜日買うから!

自分ばっかずるい!!

日曜日フローターで釣り行こう!!!」

 

しばらく優越感に浸ると僕はいつもキャストできないポイントまで移動してフローター初体験を堪能した。

 

 

楽しみは尽きなかった。

 

 

 

大半の人が退屈であろう話しを1つ。

 

 

 

ルアーフィッシングでのルアーには

トップウォーターリグ』

というルアーがある。

簡単に言えばキャストして水面に着水すると沈まずに浮いたままのルアーであり、そのままリールを巻くだけといった代物だ。

このルアーの楽しいところは魚がルアーに食いつく時にその食いつくところが見えるところにある。ルアーは水面に浮いているので魚がルアーに食いつくと水面がバシャッと割れるのである。しかしこのルアーは春過ぎから秋頃、だいたい夏に使う事が多い。初心者は『ワーム』といった偽物のミミズ疑似餌をよく使うが釣りの上級者でももちろん使う。

 

タロちゃんは1年を通して「トップウォーターリグ」だ。真冬、魚の活性が低くどれだけ釣れなくてもワームを使わない。

 

真冬、

野池の辺りで魚が釣れない為に古い小さなドラム缶で焚き火をしながらビール片手にタロちゃんを眺めているが「トップウォーターリグ」を貫いている。リールは凍っていてギシギシと音を立てている。

 

 

僕は超ロングキャストして巻き倒す釣りで釣果を得るが障害物を狙ったキャストは下手くそだ。

タロちゃんは飛距離は無いが障害物を狙ったキャストがとても上手くそれで釣果を得ていた。

 

要するに僕達は仲良しだった。

タロちゃんもパソコンを買いチャットに参加するようになった。

タロちゃんのハンドルネームは

『ザラ』

だった。

アメリカンルアー会社の「へドン」という所が出しているルアー名、

『オリジナルザラスプーク』

から取ったものだった。

 

 

 

 

 

 

 

月曜日の朝。

その日も僕は不眠のまま軽トラックに乗り込み会社へと向かった。

しばらくすると眠気に襲われてウトウトとしてしまった。気がつくと目の前に前列の車が信号待ちをしていて僕はとっさに急ブレーキを踏んだ。軽トラックは対向車線にスリップし激しく横転して中古車屋さんのブロックに突っ込んで停止した。

 

眼が覚めると僕は病院に搬送されていた。

頭が疼いたがどこも骨が折れてもおらず怪我人も不幸中の幸いでおらずその日に退院した。

 

が、

僕の最近の会社での目に余るミスの連続やユウイチロウ兄ちゃんや瞳ちゃんにちょくちょく言っていた「幻覚が見える」発言などでどうも様子がおかしいとネットで調べられてうつ病じゃないかと言われて精神科をまわることになった。

僕は自分で受診しているクリニックから「分裂病」と診断されていることを隠していた。

 

 

病院を色々と受診し最後に受診した福岡の太宰府町にある、

『県立太宰府総合病院』

に入院が決まったのは25歳の晩秋であった。

入院が決まった時、チャットの皆んなに「入院するけどメールはやり取りしてね」とだけ伝えた。入院は別によかったがチャットや釣りができなくなることが辛かった。

 

 

 

こうして僕は単身精神科の門を叩き任意入院となってしまった。

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