13.『26歳』青春の天体観測-前編-
太宰府病院はとにかくバカでかい病院だ。売店に何回行っても迷子になりナースステーションで自分の病棟を教えてもらう羽目になる。
僕の病室は4人部屋で僕を合わせて3人入院していて僕は廊下側で隣の窓際のベッドに男性が1人、向かい側に10代らしき男の人が1人、もう1つのベッドは空いていた。
夜中になると僕はしくしく泣きながらリアル友達ではなくチャット友達にメールをして心を癒していた。
そのうち病院にも慣れてきて喫煙所に居座ることが多くなり友達もできた。僕の隣のベッドに入院している、
『柳川さん』
は30歳になるらしく入院歴は2年でこの病棟のリーダー的存在だ。
仲良くなった他の皆んなはだいたい同じ歳くらいで5人くらいでいつも病院の中を徘徊していた。
喫煙所で煙草を吸わずに分厚い広辞苑を朗読している小太りな青年24歳『大ちゃん』
ギター弾きに憧れている19歳の『キタロウくん』はいつも「僕は退院したらXのHIDEみたいになるんです。。」と独り言を言っている。
僕の向かい側のベッドの17歳の『ゴマちゃん』と呼ばれている分裂病であろう彼はホモだ。柳川さんがどこから仕入れてきたか知らないが薔薇族の雑誌を読んではハアハア言っている。
僕の入院から1週間程して入院してきた『えみちゃん』は29歳既婚者で3歳の男の子のお子さんがいる。境界性人格障害(ボーダーライン)らしくやたらと僕にかまってくる。
愉快な仲間達だ。
夜中にカップラーメンを食べるのが日課だった。1人で食べる時もあればキタロウくんや大ちゃんと食べることもあった。
病院の夕食が終わるとお薬の時間で看護婦さんがデイルームに患者達のお薬を運んでくる。
皆んなお薬の並んだ台の前に並んで順番にお薬を飲む。ちゃんと飲んだかどうか看護師が患者の口を確認して服薬行動は終わる。
それが終わると僕達は喫煙所にたむろする。
「金ちゃん、アイスコーヒー作ってきてあげる」とえみちゃんが毎日僕の銀のコップを抱えてアイスコーヒーを作ってきてくれる。周りの皆んなは僕とえみちゃんを冷やかすが僕には変な考えなんかないしえみちゃんも僕も既婚者だ。えみちゃんは皆んなに優しいだけなのだ。
しかし、えみちゃんは夜9時の就寝時間になると眠剤が効くらしく喫煙所で決まって眠りだす。そのえみちゃんを僕はお姫様だっこしてえみちゃんの病室まで運ぶ。監視カメラで看護師から見られていて院内放送で「金田さん、女性の病室に入らないで早く寝てください!」
と言われる毎度の流れだ。
当時の太宰府病院はとにかく患者様様で患者に甘く喫煙所で看護師が喫煙するというのがザラだった。
太宰府病院には音楽室なるものがあり部屋の中にはでっかいステレオアンプと機密なコンポが置かれていてそこでも皆んなで集まってCDを持ち合い音楽を聴いたり、病院まで持ち込んだアコースティックギターで皆んなが好きなミスチルなんかを弾いて歌ったりしていた。
ゴマちゃんが音楽室に持ってきた「JUDY AND MARY」というバンドの、
『mottö』
という曲が僕は大好きになり音楽室でガンガンにかけて皆んなで踊り回っていた。
27歳の春。
「病院降ったとこの寿屋の庭のテーブルで
皆んなで酒呑もうぜ!」
夜の喫煙所で柳川さんが皆んなにそう提案した。僕は大はしゃぎで賛成した。皆んなも手を上げてノリノリだった。
「じゃあ明日、昼食を皆んな控えめに食べて
1時に寿屋でそれぞれ酒とツマミ買って
寿屋の庭に集合な!看護師にばれるなよ!」
みんな頭を縦にぶんぶん振った。
明日に備えてその日は皆んな就寝時間に床に着いた。
朝も早からご苦労さん。
誰よりも早く起きた僕と思ったが眼が覚めると枕元にえみちゃんが座っていた。
「おはよう、金ちゃん。今日作戦実行だね!」
僕がびっくりしているとえみちゃんはいたずらに微笑んだ。
「金ちゃん、
誰よりも楽しみにしてたみたいだから
きっと早起きすると思って忍び込んだ!」
えみちゃんはそう言うとアイスコーヒーを差し出してくれた。
「ありがとう、えみちゃん。1時だよ1時!」
アイスコーヒーを飲みながら興奮して話すとえみちゃんはクスクス笑いながら「うんうん」とうなづいていた。
僕は朝食をほとんど食べなかった。
喫煙所で皆んなと会話しながらチラチラ掛け時計を見ていると柳川さんが言った。
「金ちゃん、ソワソワしたら怪しまれるよ」
僕はうなづいてはやる気持ちを押しこらえた。
12時の時計の鐘が鳴った。
しかし僕はその時間、病院にはすでにいなかった。看護師には体調が芳しくないので気分転換に太宰府天満宮でお参りして食事は神社の梅ヶ枝餅を食べますと伝え、
『外出ノート』には5時帰宅と書いた。
外出ノートとは患者が病院から外出する時間を記入し、帰ったら帰宅時間を記入する病院の決まり事のノートだった。
病院を早く出た僕の目的は寿屋の庭のテーブル確保だった。柳川さんは何も言わなかったがもしも皆んなで1時に寿屋に来てテーブルに先客がいたら台無しだと思ったのである。
僕は僕の分と一応皆んなの分のお酒とジュースとおつまみを買いテーブルに陣取った。
早く呑みたかったがそれは我慢して柳川さん達が来るのを煙草を吹かしながらじっと待っていた。
この時僕は生まれて初めて百均で腕時計を買った。時間がわからないのは今でも恐怖である。
「金ちゃん!!でかした!流石!」
そう言いながら柳川さん達が登場した。
「場所取りなんてイカすー」
えみちゃんがピースしながら柳川さんの後ろから顔を出した。
広辞苑の「大ちゃん」
ギター好きの「キタロウくん」
ホモ17歳の「ゴマちゃん」
6人でテーブルを囲んだ。
案の定、大ちゃんなんかは何も買ってきておらず僕が用意していたカクテルを渡した。
「乾杯するか!」
柳川さんが言った。
「なんに乾杯する??」
えみちゃんが柳川さんに聞いた。
「こ、広辞苑に、」
大ちゃんが言うとすぐに横に座っていたキタロウくんが「大ちゃん、広辞苑もう飽きたよ!」
とつっこんだ。
皆んなで笑っているとビール缶を空に掲げて柳川さんが言った。
「俺たちに明日が無くとも!」
皆んな後に続いた。
『俺たちに明日が無くとも!!』
また柳川さんが言った。
「俺たちの病気が治らずとも!」
皆んな後に続いた。
『俺たちの病気が治らずとも!!』
柳川さんの声が一瞬震えた。
「俺たちはいつまでも共ににある!」
一斉に声が上がる。
『俺たちはいつまでも共にある!!!』
カーンッ!という缶ビールが打つかる音がした。6人の歓声が湧き上がった。
えみちゃんが僕に小さな声で言った。
「でも今のちょっと照れたね☆」
「今日はMステでバンプオブチキンが出るよ!」
えみちゃんが嬉しそうに言った。
「天体観測だろ?あれ今、売れてるなー」
音楽は外人しか聴かない柳川さんがボソッと言う。
「今日、皆んなでMステ観ましょうよ」
僕がそう言うと皆んな乗り気でうなずいた。
柳川さんが突如、盛り上がっている皆んなに顔を近づかせた。
「知ってるか?病院の屋上には管理室があって
そこには『ハカセ』って呼ばれている老人が
いるんだぜ?」
キタロウくんが柳川さんに質問した。
「その『ハカセ』は管理室で何をしてるんですか?」
柳川さんは持ってきたリュックの中からあるパンフレットみたいなものを取り出した。
「星座?」
1つ咳をした柳川さんはパンフレットを広げた。
「バンプの天体観測にかぶっちまったが
今日はここでの呑み会プレゼントの他に
もう一つ。
皆んなにプレゼントしたいと
これを持ってきたんだ」
パンフレットには沢山の星座の写真が並んでいた。
「管理室の『ハカセ』はな、
望遠鏡で星の写真を撮って
病院の図書室に星の本を提供してるって噂だぜ」
「すげー!!」
皆んなが声を上げたのを聞いた柳川さんはパンフレットの一部分を指差した。
『星座、惑星
オリオン座
ふたご座
月と土星』
パンフレットを食い入るように見ていた僕達に柳川さんはまたも胸が小躍りすることを言った。
「今日、ハカセに会いに行こうぜ」