アルコール中毒ROCK

酒と病気と音楽と人生を転がり倒す。

14.『26歳』青春の天体観測-中編-

「ハカセに!??」

 

柳川さんが言った言葉に5人はどっと驚き湧いた。

「今の時期なら木星土星が肉眼でも見れるぜ

   ハカセからも色々話しを聞こうぜ!」

僕は話しを聞くだけでハラハラドキドキした。

「でも屋上なんて看護師許してくれるかな?」

えみちゃんが柳川さんに聞いた。

柳川さんは得意げに鼻を弾いた。

 

「何年入院してると思うかい

   俺たちがいる病棟はC-2病棟と言って

   病院の1番内部、木目で言うと1番真ん中に

   なるんだ。もしもの時の逃げ場が無いから

   就寝時間同時に起床時間まで内部非常階段の

   扉の鍵が開くんだよ。そこから屋上まで行ける。

  前に1人で夜中に屋上まで登って

  煙草吸ってきたんだぜ?」

 

事は現実を帯びてきた。

「屋上に管理室はあったんですかぁ、柳川さん」

ゴマちゃんが相変わらずすっとんきょうな声を出した。

「あったよ、屋上に2階建ての

   先が少し細くなった円形の白い建物だった。

   不気味で近寄らなかったけど

   今はもういない当時の看護師から

  『ハカセ』の話しは聞いたんだ」

皆んな、うんうんと話しを黙って聞いていた。

「決行時間はどうする?

   真夜中の方が星は綺麗なんだが」

僕は迅座に答えた。

バンプの歌詞に合わせて午前2時はどうですか?」

柳川さんは大きくうなづいて皆んなに「それでいいかい?」と聞いた。

僕と大ちゃんは1番に手を上げて賛成した。

えみちゃんとゴマちゃんが不安そうに柳川さんに質問した。

「私、眠剤飲んだらその時間起きれないかも。。」

柳川さんは少し考えた。

「金ちゃんと大ちゃんとキタロウちゃんは

   大丈夫だろ?えみちゃんとゴマちゃんが

   来れなかったら後日写真見せてあげるよ!」

えみちゃんとゴマちゃんはうなづいた。ただキタロウくんは浮かない顔だった。

「僕は医療保護入院だから

   問題起こすと退院が長引くから困ります。。」

 

医療保護入院とは病院と家族の意思に基づく入院であり入院期間に制限がない状態で本人の意思では退院できず家族、医師の許可が下りてやっと退院ができる入院の種類であり今回の寿屋に外出してきた事も本来大変ダメダメな行為である。僕の場合は任意入院で入退院が自由である。

 

「キタロウちゃんも事情があるだろうから

   どうしてもきたかったら来ればいいよ」

柳川さんは優しくキタロウくんに言った。

 

 

「そろそろお開きだ皆んな!

   天体観測する奴らは午前2時に備えとけよ!

   解散!」

 

柳川さんの号令で皆んな別々に病院へと帰っていった。

病院側は知ってか知らぬか何1つ僕らに言うことは無かった。

 

 

夕食の時間が終わると僕は喫煙所には行かずに院内の図書室へと向かった。柳川さんの言っていた『ハカセ』の記事が気になっていたのである。

始めは天文学の場所や星の図鑑などを物色していたがそれらしき物は見つからなかった。

図書室の管理人のおばさんは居たが訊ねると今夜の計画がパーになってしまうのではないかと聞けなかった。この広い図書室からハカセを見つけ出すのは不可能と諦めて8時からMステを皆んなで観る約束だったのでデイルームに戻ることにした。

 

時間は8時5分だった。キタロウくんが1人で煙草を吸っていたが他のメンバーはテレビの前でバンプオブチキンが出るのを待っていた。

僕はバンプがでるまで喫煙所に入った。

「あの、金さん、、これ。。」

キタロウくんが僕に古ぼけたバインダーを渡してきた。

「僕は今夜、行けないけど、

   その代わりこれ、図書室で見つけてきました。

   よかったら見て下さい。

   それじゃ、僕はこれで、」

そう言い残すとキタロウくんは喫煙所を後にした。

バインダーには、

 

『アワセ展望台 月と土星の夢物語編』

 

と書いてあった。

バインダーを開くとクリアファイルが何枚か挟んであり夜空に輝く星座の写真が写っていた。

僕は写真に魅力されて星座に吸い込まれた。

しばらく眺めて最後のクリアファイルをめくると手書きの後書きのような日記がつづられていた。

 

「1999年/4月/未明。

   今宵は1年ぶりに当館の展望台へ見物客が

   2人きた。院内でカップルになったであろう。

   2人はどこでここを聞いたかは知らないが

   仲良く手を繋いで『星をください』とほざいた。

  今年は乙女座の真珠星がよく見える。

  肉眼でも見えないことはないが

  2人のカップルには私の望遠鏡で月と木星

  見せてあげた。天気でなにより。

  ポラロイドカメラにてここに記念写真を残す」

 

つづりの最後に少し色あせた小さなコピーされた可愛らしい20代半ばであろうか、カップルの写真が載っていた。

 

きっとこれのバインダーを作成した人こそ『ハカセ』に違いない。僕達もポラロイドカメラで撮影してもらおう。

 

「金ちゃん!バンプ出たよ!おいで!」

 

えみちゃんに呼ばれて僕はテレビの前に座った。

『天体観測』が演奏され始めた。

 

 

午前2時踏切に

望遠鏡を担いでった

ベルトに結んだラジオ

雨は降らないらしい

2分後にキミが来た

始めようか天体観測

ほうき星を探して

 

見えないものを見ようとして

望遠鏡を担いでいった

静寂を切り裂いて

いくつも声が生まれたよ

 

僕は元気でいるよ

心配事も少ないよ

 

もう1度キミに会おうとして

望遠鏡をまた担いで

前と同じ午前2時

踏切まで駆けてくよ

 

始めようか天体観測♫

 

 

僕達はバンプと一緒になって大きな声で手拍子しながら歌った。柳川さんも意外とノリノリだった。拍手喝采でバンプオブチキンSHOWは幕を閉じた。

えみちゃんが僕に

「今夜の午前2時がんばってね☆」

と小さな声でささやいた。

 

 

部屋に戻りウォークマンで音楽を聴いたり喫煙所に煙草を吸いに行ったり腹ごしらえをしようとカップラーメンを食べたりして時間を潰した。

 

 

 

 

やがて腕時計は1時半を指した。

4月とはいえ夜はまだまだ冷え込む。僕はダウンジャケットを羽織りニットを被った。

看護師の監視を避けてC-2病棟端の非常階段の扉のノブを回した。

「ガチャッ」と音がを立てて扉は開いた。非常階段の踊り場には大ちゃんがいた。

 

「か、金ちゃあん!」

 

大ちゃんが大きく甘えた声を出した。

「しーっ!!」

口に人差し指を立てると大ちゃんは両手で口を閉じた。

「寒いね大ちゃん。大丈夫?」

大ちゃんはにこにこ笑いながらうんうんとうなずいた。

しばらくすると扉が開いた。

柳川さんだった。

 

「おう!3人か。そろそろ行くか?」

 

柳川さんにキタロウくんのバインダーの話しをした。柳川さんは「なるほどな」と言うと少し考えているようですぐに口を開いた。

「ひょっとしたら『ハカセ』ではなく『アワセ』の聞き間違いだったかもな!」

僕は「なるほど」と思った。ハカセとアワセか。。

 

腕時計は2時5分を回っていた。

 

「ゴマちゃんはイビキかいて寝てたぞ。

   よし、3人で登ろう!」

 

2階の踊り場を登っている時、後ろから声が聞こえた。

僕達3人は後ろを振り向いた。

踊り場の扉の前に小さな影があった。

えみちゃんだった。

 

「えみちゃん!?起きれたの??」

 

眠剤でヘロヘロのはずのえみちゃんが踊り場で笑顔でピースしていた。

 

眠剤飲んだ後、速攻トイレでもどしたー」

 

僕達は顔を見合わせて笑い声を我慢した。

 

「よっしゃ、やっぱ女がいねーとな!」

 

そう言うと柳川さんは非常階段を駆け登った。僕らも後に続いた。

 

 

 

透き通る空気の夜だった。

 

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