アルコール中毒ROCK

酒と病気と音楽と人生を転がり倒す。

15.『26歳』青春の天体観測-完結-

病院は地上6階まである。

屋上を入れれば7階になる。

5階まで登ると僕以外皆んなバテてしまった。

「もう2時10分ですよ!」

僕が皆んなを急かすと柳川さんがはあはあ言いながら、

「金ちゃんはガテン系だから俺らを一緒に

  したらダメだぜー」

と言いながら煙草に火を付けた。なんとも不甲斐ない連中である。僕も非常階段に腰を下ろして煙草に火を付けた。大ちゃんが息を切らしながら柳川さんに話しかけた。

「柳川さん『ハカセ』って

  ど、どんだけ禿げてるのかなあ!」

「知るかバカ!勝手にハゲとか言うな!」

柳川さんが煙でむせながらつっこんだ。

5階の非常階段の踊り場は笑いに包まれた。

 

「よし、登ろうよ!」

 

えみちゃんが元気よく立ち上がった。

残り2階だ。挫けずに登ってほしい。

 

最上階に着いた。

が、しかしなんと階段はここまでで屋上には壁に既設された高いハシゴを登らないと行けなくなっていた。

 

「柳川さん、聞いてませんよー?

  僕はいけるけど大ちゃんやえみちゃんは

  無理じゃないですかー?」

 

柳川さんは「想定内だ!」と根拠がない自信に満ちていた。そして僕の肩を叩いた。

 

「まず、俺が先に登る。

   次にえみちゃん。

   その次に大ちゃん。

   そしてキミは自力で登ってくるのだよ!」

 

柳川さん、この人はえみちゃんは軽いからともかく大ちゃんの踏み台に僕を使おうとしている。

 

「大ちゃん多分90キロはありますよー!」

 

柳川さんははーはっはっと高笑いで僕の肩をまた2度ほど叩いたあと僕を踏み台にして屋上へと登って行った。柳川さんは昔、屋上に行ったことがあるという話しははたして本当なのだろうか。

次にえみちゃんを肩車してハシゴに登らせることに成功した。

 

問題は大ちゃんである。大ちゃんはにこにこ笑っている。

 

「大ちゃん、僕が馬になるからなるべく

   体重かけずに素早く登ってね!」

 

コクコクとうなづくと大ちゃんは馬になった僕に全体重を乗せた。

「潰れるー、、!はやく!、、」

すっと軽くなった。

「登ったー!」

ガバッと立ち上がると大ちゃんがにこにこしながらタオルで汗を拭いていた。

「の!登れよ!」

これを3回ほど繰り返し、やっと大ちゃんは屋上へと登ってくれた。僕は汗だくになっていた。

 

 

 

 

やっと屋上の風を浴びた僕の目の前に白い円柱の建物がそびえ立っており僕は息を飲んだ。皆んなもきっとそんな感じだった。

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しばらく建物を眺めて皆んなで中に入ろうか話し合っている頭上から誰かに呼ばれて皆んなびっくりした。

建物の2階を見上げると窓から白髪の老人が僕らに何か言っている。

 

「ぎゃあっ!ひぃっ!」

 

僕達は悲鳴を上げたが大ちゃんだけは冷静に僕達に言った。

「あのおじいちゃん、上がっておいでって

   手を降ってるよーお」

僕達3人は2階のおじいちゃんを見てみると微笑みながら手招きをしている。

 

「い、行くか。。ここまで来たし」

 

柳川さんがうめくように言った。僕達は黙ってうなづいた。

4人で建物の扉を開くと中はカビ臭くホコリにまみれていた。

 

「本当にここ、登るのー?壊れないかな」

 

珍しくえみちゃんが不満を漏らした。確かに階段の板も腐敗がはげしく危なっかしかった。

薄暗い簡易照明を手掛かりにゆっくりと2階に登った。

 

2階の階段を上ってすぐに大きな扉があった。

「誰が開ける?じゃんけんしよか」

大ちゃんがすでに開けていた。

 

 

恐る恐る部屋の中を覗くとがらんとした殺風景な部屋に本棚が2つと窓の前に大きな望遠鏡が1つ。そして部屋の片隅にテーブルがありその前の木の椅子にさっき手招きをしていたと思われるおじいちゃんが座っていた。

 

老人は優しそうに微笑んだ。

 

「おやおや、2年ぶりの美味しそうな肉が

   4体もやってきなすった」

 

その言葉に大ちゃんが悲鳴を上げた。

「食べられる!食べられるう!!

   豚じゃない!豚じゃないい!!」

「落ち着け、食べられないしお前の風貌は豚だ」

柳川さんが斬新に切り返した。

 

えみちゃんが1歩前にでた。

「おじいさまはひとりなんですか?

   何をなさっているんですか?」

 

おじいちゃんは窓際の望遠鏡に歩いて行った。

「ワシの嫁さんは星が好きじゃった」

えみちゃんがまた質問する。

「奥様は今は。。?」

おじいちゃんは窓から夜空を見上げた。

「彼女はここの患者だったんじゃ。

   重いうつ病でのう。

   いつも自分を責めて生きておった。

   医者だったワシは精一杯彼女の面倒を見たものだ」

静寂を切り裂いてえみちゃんが口を開いた。

 

「奥様、きっとお星様になって

   おじいさまのことをずっと見守ってますよ!」

 

その言葉を聞いたおじいちゃんは目がしらを軽く押さえた。

 

僕達はおじいちゃんに駆け寄った。

 

「彼女がこの屋上から星へと旅立った時、

   ワシは院長に無理を言って医者の代わりに

   屋上に展望台を作ってもらい星の記録を付け

   図書室に寄付する仕事を

   いただいたんじゃよ、

  もう40年になるかの、、」

 

柳川さんが少し強めの口調で話した。

「じいちゃん、みなまで言わなくていい。

   俺たちにじいちゃんの彼女を見せてくれ!」

皆んなうんうんと深くうなずいた。

おじいちゃんは1つため息をはくと

「そうじゃな、それがワシの仕事じゃ」

そう言うとおじいちゃんは望遠鏡の調整を始めた。

 

僕達はそんな悲しみの屋上だとは知らずしばらく言葉を失っていた。強めの口調で言った柳川さんもうつむいていた。

 

「そう暗くなることはないぞ!

   ほら!見てみい!今宵は月と土星との

   恋の夜だ!」

 

僕達は順番に望遠鏡を除いた。かけた月は黄色と言うか白夜の大地のようだ。

月の周りにも星は見えるが土星は本当に神々しく輝いている。

皆んな、わあわあ騒ぎながら望遠鏡の星に夢中になった。おじいちゃんはその光景を柔らかくて眺めていた。

 

えみちゃんが何かを発見した。

 

「おじさま!月の下に赤く光ってる

   あの星はなんですか!?」

 

おじいちゃんはクスリと笑った。

 

「あれは『アンタレス』と言う星じゃ」

 

えみちゃんは続けた。

 

「あれが、その、奥様、、?」

 

おじいちゃんは笑顔でうなづいた。

「彼女は11月生まれでな。

   さそり座だったんじゃよ。

   アンタレスはさそり座なんじゃ」

 

えみちゃんも僕達もなるほどとうなづいた。

 

天体観測に夢中で時間を忘れていたが腕時計を見ると4時半を過ぎていた。

 

「おじいちゃん、なごりおしいけれど

   僕達そろそろ病室に戻らなきゃ。。」

 

おじいちゃんはふむふむとうなずいて手をポンッと叩いた。

 

「そうじゃそうじゃ、4人さん、

   記念写真を撮ってあげよう。

   面倒じゃろうが6枚撮らせてくれるかい?

   4枚は君それぞれに、

   1枚は図書室保管の為に、

   最後はワシの思い出にじゃ」

 

僕達は気持ちよくOKした。

6枚それぞれポーズは変えたが素晴らしいお土産ができた。

 

 

 

「おじいちゃん!おばあちゃん!

   きっとまた来るね!

  またね!!ばいばーい!」

 

僕達の声が朝靄の中に響き渡った。

 

おじいちゃんは僕達が下に降りるまでずっと手を振ってくれていた。

 

「また来るんじゃぞー!

   その日まで達者でなあー!」

 

 

 

ハシゴを降りると僕は腕時計を見た。

5時20分!

 

皆んなで顔を見合わせた。

 

はーーっはっはっーー!!

 

ひときしり笑うと僕達は一斉に階段を駆け下りて行った。

ただただ楽しかった。

皆んな、全速力で駆け抜けて行った。

 

 

 

春の青紫の空の下、

空気は凛としていた。

 

https://m.youtube.com/watch?v=j7CDb610Bg0

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