17.『26歳』仮退院、焚き火-中編-
腕時計は5時15分を回った。
釣りを始めてから3時間が経過した。魚のアタリはまだ無い。
しかし毎度のことながら僕達は日没になっても釣れるまで時間が許すまで釣りをやり倒す。
なんせ初めての川釣りで仕掛けはブラックバス用だ。まさに未知の世界。
酒はたんまりある。
沈黙が2人を支配する。
タロちゃんがポツリと呟いた。
「金ちゃん、作戦タイムにしよう。
風邪引く前に焚き火をしようか」
「魚逃げないかな?」
僕が心配そうに言うとタロちゃんが自信満々で言った。
「火も自然の物だから大丈夫さ。
それに魚が釣れた時にすぐ焼かないとだよ!」
僕は笑顔でうなづいた。
火はまたすぐに激しく燃えだした。
「金ちゃん、何か焼くかい?」
僕は首を横に振って言った。
「腹ペコで魚が食べたいから!」
僕とタロちゃんはクスクス笑って酒を煽った。
「今は魚が釣れやすい夕まずめだから、
ここが正念場だよね」
「そうだね。真っ暗になる前にミミズの補給を
しておこうか」
僕達はまた岩をめくりミミズを捕獲した。
タロちゃんが何気に僕につぶやく。
「金ちゃんは海釣りもするから
おれより釣り上手いもんなー
おれはバス釣りだけだからなー」
僕はそれを聞いてハッと思い出した。
「そうだ!海釣り用の小さな釣り針、
僕持ってる!」
タロちゃんが手をパシッと叩いた。
「それだ!おれ達バス釣り針だから針がでかい!
海釣り針に変えよう!」
僕は走って車に積んである釣り道具箱から海釣り用の釣り針を取りに行った。
「タロちゃん!持ってきたよ!
海釣りオモリもあった!
これで今以上に遠くに仕掛けを飛ばせるよ!」
海釣り道具を握りしめて戻ってくるとタロちゃんが何やら岩の上でカッターで何かを切っていた。
「金ちゃん、ミミズも大きすぎるんだよ。
小さくするとミミズが弱ると思っていたけど
小さく切ってもほら!元気だよー」
小さく切られてもミミズは元気にウネウネと動いていた。
「よし!仕切り直しだ!」
僕とタロちゃんは新たに海釣りの仕掛けに付け変えて小さくなったミミズを小さな海釣り針にチョン掛けした。オモリも今までより重くなり仕掛けが遠くに飛ばせる。
2人揃って仕掛けを今度は川の真ん中の岩のもっと向こう側まで投げた。
いきなりそれはきた。
僕の竿がグッとしなった。
「マジかよ金ちゃん!いきなりかよ!漫画かよ!」
川魚の引きは凄いとは聞いていたが本当にものすごく引きまくる。
「タロちゃん!ブラックバスより引きが凄いよ!」
タロちゃんは自分の竿を投げ捨てて僕の足元で魚を仕留めるスタンバイをした。
「金ちゃん!ここで逃がしたら男じゃないよ!」
釣り糸が切れる予感がした。僕は決死の覚悟で川の中に入っていった。
それにタロちゃんが続く。
「まかせろ!金ちゃん!」
なんとタロちゃんは川に飛び込んで泳ぎだした。もはや釣りじゃない。
周りから見たら狂気の沙汰だ。
面白いけど。
「もっと魚引き寄せるからね!タロちゃん!」
竿がしなりながら左右にブレる。
タロちゃんは川の真ん中の大きな岩までたどり着いていた。
「水泳だよ水泳!タロちゃん!!
僕達釣りじゃなくて水泳してるよー!!」
「わ、笑わせるなー!!」
溺れているのか泳いでいるのかもうわからない。
その時、フッと竿が軽くなった。
逃がしたか!!
タロちゃんが叫んだ。
「獲った!獲ったぞー!!!」
左手で岩に捕まり右手にはしっかり川魚をガッシリ掴んでいるタロちゃんが大きな雄叫びを上げた。
僕は冷静に腕時計を見た。
8時半過ぎであった。