19.『27時』仮退院、少年甲斐-前編-
仮退院3日目。
朝、子供達を学校と幼稚園に瞳ちゃんと見送ると僕は麦茶が入った水筒と瞳ちゃんに作ってもらったサンドイッチのお弁当を持って1人で釣りに出かけた。那珂川町にある野池に向かう。そこの野池はタロちゃんと2人でよく行く釣り場で安定した釣果を得られるところから僕達はその野池に勝手に『バス公園』と名付けていた。公園と名付けたのはその野池の真横に小さな滑り台とブランコがあるからだ。
岸に腰をかけてリュックサックから缶ビールを取り出す。
ごくっごくっと一口呑むとまず煙草に火をつけた。
ゆっくり煙を吐き出すと五月晴れの青空に目がいった。
煙草の銘柄は『マルボロ・ライト』
15歳からブレることなく吸い続けている。
釣りに来たが釣りをするわけでもなくただただボーっと缶ビールを呑みながら煙草を吹かした。
香織ちゃんはどうしているだろうか。
元、金田組は上手くいっているだろうか。
色んな雑念がよぎり出した。
いかんいかん、釣りをしよう。無心になろう。
病気によくない。
釣り道具からルアーを取り出すと釣り糸に結んで思いっきり遠投した。ルアーの着水音が響いた。クネクネ、リールを巻く。
「食え!食え!」
ブラックバスに話しかける。反応は無い。ルアーを巻き終わるとまた思いっきり遠投する。
釣り上げた魚をすぐに逃がすブラックバス釣り。皆んな一体何が楽しいのかとよく聞かれる。僕もそう思うが楽しいものは楽しい。
初めてブラックバス釣りに出会ったのは小学4年生の時。友達のお父さんがブラックバス釣りをしており日曜日にその友達がお父さんとブラックバス釣りに行くから僕も一緒にこないかと誘われたのが始まりだった。
その日は竿とリールとルアーとワームを友達のお父さんから貸してもらいブラックバス釣りを楽しんだ。3人とも釣れなかったが僕はビギナーズラックでその時はワームで初めてブラックバスを釣り上げた。
その時の竿とリールとルアーを友達のお父さんが譲ってくれて僕は毎日自転車でブラックバス釣りに通った。
お小遣いを貯めては新しいルアーやワームを買ったものだった。
小学5年生の時に初めて自作した木製ルアーを今でも持っている。
「おっ!」
バスがルアーに食いついた。逃がさないように慎重に竿を操りながらリールを巻く。
1匹目ゲット。30センチ無いくらい。
「わー。。。」
いきなり後ろから声がして驚いた。
後ろのフェンスに座って僕を見ている中学生くらいの子がいた。よく見ると右手首に包帯を巻いている。
とりあえず僕は少年に話しかけた。
「右手、どうしたの?」
少年は自分の右手を見た。
「バス釣りしてたら骨折れた」
「弱っ!!」
少年はむくれた。
「仕方ないでしょ!ボキッて音鳴ったもん!」
「弱っ!」
少年は目くじらを立てた。
「なんだよおっさん腕もげろ!」
「口悪っ!!」
少年は立ち上がった。
「帰る!!」
僕は慌てて少年を呼び止めた。なんかほおっておけなかった。
「少年!一緒にお弁当食べないかい!
サンドイッチ作ってきたんだ!」
少年はゆっくりこちらを向いた。
「タマゴサンド、ある、?」
「あるある!一緒に!ほら!」
僕はお弁当箱を広げた。
僕と少年はフェンスにもたれて仲良く並んで座った。少年はタマゴサンドをむしゃむしゃと食べ始めた。
「少年は幾つだい?」
僕が渡した麦茶でタマゴサンドを流し込むと一息ついた。
「17歳!」
「17歳!?高校2年??」
少年はうなづきながらまたタマゴサンドを食べ出した。
「そうだよ、でも高校は転校するんだー」
「へー、いつ?」
「今日!」
僕は呑んでいた缶ビールをふいた。
「キミはいちいち急だなあ!引っ越しかい?」
「うん、愛知県に引っ越しなんだー
お父さんNTTで働いていて転勤なんだよー」
僕は出会ったばかりのこの少年にもう会えなくなると思うと少し寂しくなった。
「僕、金田。金ちゃんて呼んでね」
「なれなれしいなあ!金田ー」
「呼び捨て!」
少年の顔に笑顔が現れた。
「おれ、甲斐!呼び捨てでいいよ!」
先程とはうって変わって人なつこい少年だ。
「甲斐ちゃんはここの野池で釣りしてんの?」
「そうそう、バス釣り始めたのもこの池が
初めてで釣り覚えてまだ2ヶ月しか
経ってないのにこのありさま!
可哀想だろーそう思うならビール1本くれ!」
僕はびっくりした。確かに僕は14歳からビール呑んでいるが改めて10代が酒を呑むのは病院の仲間くらいだった。
「甲斐ちゃんビール呑めるの?」
甲斐ちゃんは悪戯な表情をした。
「親には内緒だけどねー
友達と隠れてたまに呑むよ!」
僕は感心して缶ビールを甲斐ちゃんに渡した。
「乾杯しようか、なんに乾杯する?」
甲斐ちゃんは面倒くさそうに言った。
「そういうのウザいよー
乾杯に意味なんかいらないさー!
乾杯!」
甲斐ちゃんのペースに完全に巻き込まれている。10歳が違うとこうもジェネレーションギャップがあるものか。
「バス釣り歴2ヶ月かー、夢中になる時期だね!」
ビールをいい呑みっぷりでいただいている甲斐ちゃんを眺めていたが僕の17歳の時より澄んだ目をしているように見えた。それはきっと今の僕が汚れかかっているからかもしれない。
「金田いっぱいルアー持ってるなー!」
「欲しいのどれでもあげるよ甲斐ちゃん!」
甲斐ちゃん左手を横にふった。
「のんのん、欲しいルアーは自分で買ってこそ
価値があるのだよ金田!」
僕は笑って缶ビールを呑んだ。
甲斐ちゃんが僕のルアーの1つを手にした。
「このイビツな方のルアーはなに?」
「あー、それは僕が下手の横好きで
作ったルアーだよ。一応最新作だ!」
「ふーん」
興味無さげな甲斐ちゃんに少し悲しい気持ちになったがまだまだ腕が足りない証拠だ。
「甲斐ちゃん竿に右手を添えるくらいならできるかい?」
「竿、触っていいの??」
僕は「もちろん!でも無理はダメだよ!」と答えた。
甲斐ちゃんは針にワームをチョン掛けしてブルーギルというなんにでも食いついてくる小魚と戯れてキャッキャと楽しんだ。その光景を僕は後ろから微笑ましく見つめた。
「甲斐ちゃん、僕は平気だけど甲斐ちゃんは
時間は大丈夫?」
甲斐ちゃんはヘラヘラ笑うと、
「金田がおれにまだいてほしいならいてあげるよ!」
と憎まれ口を叩いた。
僕は笑いながら甲斐ちゃんに言った。
「もう少し相手してくださいな!」
僕はもう少しだけ
この天使のような少年と一緒にいたかった。
バス公園に野鳥の鳴き声と
僕達の笑い声が響いていた。