21.『26歳』えみちゃん奪還-前編-
仮退院、最終日。
今日は金曜日で昼過ぎには病院に戻る日であった。
10時頃から僕は缶ビールを片手にパソコンの前に座るとヤフーチャットにログインした。
『芋部屋』を探すとカテゴリーに表示されているのを見つけた。さっそく入室する。
-- kanon_kamenoサンが入室しました--
部屋には「りん」しか居なく「りん」もROM状態だった。しばらく缶ビールを呑みながらモニターを眺めているとりんが気づいた。
「おつかれーかのん、いらっしゃーい」
「りん、おつー、今日病院に戻るよー」
「おおっ!今日帰るかー。皆んなに伝えておくよ!」
「うんうん、仕事の方はどんな調子だい?りん」
「ぼちぼちだねー。かのんは身体の方はどう?」
「この1週間、ゆっくり休めたから元気だよー」
「よかったよかった!元気になったら
オフ会しようね、かのん!」
「ありがとう!じゃあそろそろ落ちるよ、
皆んなにヨロシクねー!ばばーい!」
「ばばーい!かのーん!」
手短にチャットをログアウトした僕は病院に戻る時間まで釣り道具の整備をすることにした。
竿を布で拭きあげてリールをオーバーホールして部品に油を丁寧にさした。
僕が使っているリールは「シマノ」という会社から出されている『アンタレス』という名前のリールだった。病院の天体観測の時に見た星座も『アンタレス』という名前だったなーと思い出に浸りならオーバーホールしたアンタレスをまた組み立てた。
ルアーの針の先端をヤスリで磨いてとがらせた。
甲斐ちゃんからもらったGショックがピーッと鳴った。時間はお昼になっていた。
瞳ちゃんが冷やし中華を作ってくれてそれを缶ビールで流し込んだ。
「金ちゃん、退院したら仕事どうする?」
瞳ちゃんが心配そうに僕に言った。
僕は冷やし中華をたいらげた。
「瞳ちゃんのお父さんには
病気になってやたら嫌われてるみたいだし
トラックの運転手にでもなるよ、1人で気楽だし」
瞳ちゃんは黙ってうなづいた。
「本当に1人で大丈夫?付き添おうか?」
僕がタクシーに乗り込もうとすると瞳ちゃんは心配そうに言った。
「大丈夫!家と子供達を頼むね、いってきます!」
僕は1人でタクシーで病院へと戻った。
久しぶりに病院の仲間達に会えると思うと嬉しかった。
「金ちゃん!おかえり!」
2階の病棟に僕が姿を現わすと皆んなが手を振りながら走ってきた。
いつものメンバーだったがえみちゃんがいなかった。
「あれ?柳川さん、えみちゃんはどこですか?」
柳川さんはため息をついた。
「えみちゃん、喫煙所でカミソリで、
リストカットしてさー!
今閉鎖病棟に入れられてるんだよー。。」
「えー!?」
僕はびっくりしたとともにえみちゃんが急激に恋しくなった。
柳川さんが続けた。
「閉鎖病棟だからA-3病棟だね、
寂しくて泣いてるだろうなあ」
「柳川さん!
僕、えみちゃんとメール交換してるから
今メールしてみます!」
柳川さんは顔を曇らせた。
「A-3病棟は多分携帯没収じゃないかな。。」
僕は一応えみちゃんにメールを打った。
「えみちゃん、帰ってきたよ。大丈夫?」
僕達は喫煙所でえみちゃんからの返信を待つことにした。
煙草を吹かしていると僕の携帯のメール音が鳴った。
「きた!!」
皆んなでディスプレイを覗き込んだ。
「Re:おかえり、金ちゃん。
皆んなから聞いたと思うけど、
私、閉鎖病棟に入れられたー
寂しい、皆んなに会いたい」
えみちゃんの悲しいメールが返ってきた。
大ちゃんがボソッと言った。
「えみちゃんとりかえそうよう、
さみしいて言ってるよーお」
皆んな柳川さんの顔を見た。
柳川さんは冷静だった。
「取り返すも何も病院が決めたことだし
こればっかりは俺にもどうにもならんよ
えみちゃんは大人しくしていたらまた、
ここの開放病棟に帰ってこれるだろうから
皆んなでえみちゃんの帰りを待とう」
僕達にできることはえみちゃんの帰りを静かに待っててあげることだけだった。
夜、8時。
いつもアイスコーヒーを作ってくれるえみちゃんはいない。
僕の携帯のメール音が鳴る
慌てて携帯を開いた。
「R e:
金ちゃん
柳川っち
大ちゃん
キタロウちゃん
ゴマちゃん
会いたいよー
もうすぐ携帯没収の時間ー」
胸が痛んだ。
すぐに返信した。
「R e:えみちゃん、
皆んなで帰りまってるからね!
ここに皆んないるよ!」
返信するとすぐにまた返信があった。
「R e:
柳川っち、本ばかり読んでたらはげるよ!
大ちゃん、辞書ばかり読まずに早く寝なさい!
キタロウちゃん、いつかギター聴かせてね!
ゴマちゃん!優しい彼氏できるといいね!
金ちゃん!大好きだよー!」
皆んなでえみちゃんのメールを読み終わると沈黙が続いた。
キタロウくんが口を開いた。
「ぼく、皆んなとの別れが辛くて黙ってたけど
実は明後日退院が決まってるんです。
黙って退院しようと思ってたんです。。」
皆んな驚いた。柳川さんがキタロウくんに聞いた。
「キタロウちゃん、
病院と両親の許可が出たんだ」
キタロウくんはうなづいて言葉を続けた。
「ぼく、えみさんにもう一度会いたい!」
皆んな柳川さんの顔を覗き込んだ。
柳川さんはキタロウくんにある質問をした。
「キタロウちゃん、せっかく決まった退院が
伸びてもいいか?覚悟はあるか?
別に退院してからえみちゃんのお見舞いに
来る方法もあるぞ?」
キタロウくんは目に涙を浮かべた。
「ぼく、実家東京なんです。
退院したらもう皆んなにきっと会えません!
それにぼくも本当は皆んなと一緒に
天体観測したかった!!」
柳川さんは覚悟を決めたようにうなづくと僕の携帯を指差した。
「金ちゃん、
えみちゃんに今夜眠剤を飲むなと
メールするんだ。
そして看護師達が仮眠する午前3時に
A-3病棟の端にある中庭にこいと伝えてくれ」
僕はうなづき慌ててえみちゃんにメールした。
えみちゃんからすぐ返信があった。
「R e:ようこそ閉鎖病棟へ!」
と返ってきた。
柳川さんが立ち上がった。
「時間が無い。
図書室に病棟の見取り図がある。
作戦を立てるぞ」
僕達は図書室へと向かった。
えみちゃん奪還の為、
別れゆくキタロウくんの為、
そして皆んなの願いだった。