アルコール中毒ROCK

酒と病気と音楽と人生を転がり倒す。

23.『26歳』えみちゃん奪還-完結-

非常階段の3階の踊り場に着いた。

 

柳川さんの表情が硬くなった。

「ここから気を引き締めていくぞ!」

 

3階のA-3病棟の非常口の扉を静かに開いた。ノブがガチャッと音を立てた。腰を沈めて暗闇に光るナースステーションの灯りに歩いていく。

開放病棟と違ってA-3病棟はほんの少しの灯りだけでほとんど暗闇だった。

 

看護師の姿や患者の姿は全く無く僕達5人はナースステーションの手前までたどり着いた。

 

小声で柳川さんが言った。

「ここから1列で腰はかがめてササッと、

   ナースステーションを通過するぞ。

   最後尾は金ちゃんだ。行くぞ」

 

柳川さん

ゴマちゃん

キタロウくん

大ちゃん

僕の順番で身を低くしてナースステーション突破に挑む。

 

柳川さん、ゴマちゃんが無事通過。

キタロウくんが次に通過。

大ちゃんを前に僕は進んだ。

 

大ちゃんはお決まりのようにつまづいていつも肌身離さず持っている広辞苑を廊下に落とした。

 

バサッ!!

 

僕は大ちゃんを掴んでナースステーションを駆け抜けた。

 

「こうじえんがあっ」

 

柳川さんは大ちゃんの口を両手でふさいだ。

広辞苑を置き去りにして僕達はナースステーションから渡り廊下まで走った。

 

走るのをやめた僕達は周りの状況に耳をすました。

誰もいないみたいだ。

 

大ちゃんが小声で、

「こうじえんがあっー。。」

と泣きそうに言った。

 

「帰りに拾っていこう、ね!大ちゃん」

僕が大ちゃんをなだめると大ちゃんはうんうんとうなづいた。

 

渡り廊下をさささっと歩いて中庭へと急いだ。

 

中庭が見えてきた。中庭はガラス張りになっていた。僕達はガラス越しに中庭を覗き込んだ。

 

中庭の中の木のベンチに小さい影があった。

 

「えみさん!」

キタロウくんが1番に中庭に入って行った。

えみちゃんは僕達にピースをした。

僕達も中庭に入った。

柳川さんがえみちゃんにひざまづいた。

「姫、お迎えに上がりました」

皆んな、どっと笑った。

 

えみちゃんは満面の笑みで、

閉鎖病棟へようこそ☆」

と愛らしくおどけた。

 

僕達はえみちゃんとハイタッチをした。

 

 

キタロウくんがえみちゃんに明後日退院することを伝えた。えみちゃんは寂しそうなキタロウくんのほっぺになんとキスをした。僕達はびっくりした。キタロウくんが震えながら言った。

 

「え、えみさん!好きです!」

 

いきなりキタロウくんがえみちゃんに告白した。皆んな、ひゅーっ!!と冷やかした。

「ありがとう、キタロウちゃん!

   私も好きだよ☆」

えみちゃんはそう言うとまたキタロウくんのほっぺにキスをした。

キタロウくんの顔が中庭の吹き抜けの星空の下で真っ赤っかになった。

 

キタロウくんは震える手で荷物からなんとバーボンとプラコップを出した。

「み、皆んなで呑もうと買ってきました!

   えみさん奪還祝いに、の、呑みましょう!」

 

小さな小声での歓声が上がった。

えみちゃんと柳川さんはベンチに座り僕らは地べたにあぐらをかいた。

 

プラコップにバーボンを注ぐと柳川さんはプラコップを夜空にかかげてどこかで聞いたセリフを言いはなった。

 

 

「俺たちに明日が無くとも」

皆んな後に続いた。

 

『俺たちに明日が無くとも』

 

また柳川さんが言う。

「俺たちの病気が治らずとも」

皆んな後に続いた。

 

『俺たちの病気が治らずとも』

皆んなまた後に続いた。

 

『俺たち、ちりぢりに別れようとも』

「別れようとも」

 

柳川さんの声が大きくなった。

「俺たちはいつまでも共ににある!」

僕達も声をあげた。

 

『俺たちはいつまでも共にある!!』

 

乾杯!

 

 

 

えみちゃんがチラッと僕を見てくすっと笑った。

 

 

 

吹き抜けの星空の下でささやかな宴は始まった。

 

ワイワイ皆んなが話している時に僕はそっとキタロウくんに、えみちゃんにあげるギターのキーホルダーを渡した。そしてキタロウくんに耳元でささやいた。

「キタロウくんからのプレゼントにしな」

 

キタロウくんは頰を赤らめてうなづいた。

 

 

柳川さんが皆んなに聞いた。

「君たちの夢はなんだい?」

 

キタロウくんが真っ先に答えた。

「XのHIDEみたいなギタリストになります!」

皆んな、おーっと声を上げた。

 

「ぼくはモデル、になりたいなあ」

ゴマちゃんが言った。

すかさず柳川さんが聞く。

薔薇族の雑誌のかい??」

ゴマちゃんはえへへと笑ってバーボンを口にした。皆んな笑いながら、がんばれよ!とはげました。

 

えみちゃんが大ちゃんに夢を聞いた。

「こ、こうじえんをだっかんするるー!」

えみちゃんは首をかしげた。

僕ら失笑した。

 

「俺は教師になる!

   今の腐ったガキどもを叩き直す!」

柳川さんらしい夢だった。

 

「えみちゃんは?」

柳川さんが聞いた。

えみちゃんは少し、んーっと考えた。

「離婚して若い彼氏を作ろっかな」

 

キタロウくんがいきなり立ち上がった。

ギターのキーホルダーをえみちゃんに差し出した。

「皆んなおそろいです!!

   ぼくのえみさんへ!

   ぼくだけのミザリーへ!!!」

 

えみちゃんは「わああっ!」と声を上げた。

僕達はそれぞれ自分のギターのキーホルダーを夜空にかかげた。

「ありがとう!キタロウちゃん!」

えみちゃんもキーホルダーを夜空にかかげた。

6つのギターのキーホルダーが星空と混じり合う。

キタロウくんはバーボンを一気に呑みほした。

 

「金ちゃんの夢は?」

柳川さんが聞いた。

 

僕は夜空を見上げた。

「夢は無いです。

   だから夢は夢を見つけることかな。。」

 

皆んなが冷やかしの笑顔で拍手した。

「カッコつけるなー金ちゃん!」

えみちゃんが微笑んだ。

 

 

「えみちゃん、

   早く開放病棟に戻れるといいね」

僕がえみちゃんのギターのキーホルダーを見ながら言うとえみちゃんは僕に小声で呟いた。

 

「キーホルダーありがとう☆」

 

バレバレだったようだ。

 

 

キタロウくんが酔いどれでえみちゃんの手を握りながら泣いた。

「え、えみさんのことは、一生、忘れません!

   ず、ずっと好きです!マイ、ミザリー!」

 

柳川さんが僕らに首を中庭の外にブンッとふった。えみちゃんとキタロウくんを2人きりにしてあげる合図だった。

僕らは中庭の外に出た。

 

「キタロウちゃんの愛しの時間だな」

柳川さんは煙草に火を付けた。もうなんでもありだなと僕は思った。

 

中庭は覗くと2人は熱い口づけの真っ最中だった。あまり見るものではない。

 

 

ピーッ!

Gショックの音が鳴る。

 

A-3病棟の電気が一斉についた。

 

「しまった!

   柳川さん!6時です!

   起床時間です!!」

 

柳川さんは煙草の煙を冷静に吹いた。

 

「金ちゃん!柳川っち!!」

 

中庭からえみちゃんの慌てた声が聞こえた。

 

「柳川さん!早く逃げないと!」

 

柳川さんは中庭に戻って行って落ち着いて酒の残骸を片付け始めると冷静に僕らに言った。

 

「患者達がぞろぞろ起きてくるんだ。

   今慌てて走って帰ると余計に目立つ。

   キタロウちゃんも酔い潰れてる。

   まず、えみちゃんは部屋に戻るんだ。

   あとは俺たちがなんとかする」

 

僕らは柳川さんの言う通りにした。

えみちゃんは、

「見つからないようにね!

   今日は本当にありがとう!

   皆んな愛してる!!」

と言うと僕らに投げキッスをして笑顔で部屋に走っていった。

 

 

「さて、俺たちも帰るか!」

柳川さんが笑いながら言った。

 

「キタロウくんは僕がおんぶするんでしょ!

   はいはい!」

僕も笑いながらキタロウくんをおんぶした。

 

 

柳川さんの言う通り僕達は怪しまれることなくナースステーションを通過した。

 

気づくと大ちゃんがナースステーションで何やら看護師と話している。

「こ、こうじえん、ありますか!」

 

 

僕らはずっこけた。

大ちゃんは怪しまれず無事、広辞苑を受け取っていた。出入りが激しい閉鎖病棟、看護師は患者を一々覚えていなかった。

 

A-3病棟の非常扉を開けて外に出ると朝日が眩しかった。キタロウくんは僕の背中ですやすやと眠っている。

 

 

非常階段の踊り場で柳川さんに話しかけた。

「僕達6人、また会えますよね」

 

柳川さんはギターのキーホルダーを取り出した。

「これがあるかぎり、

   俺たちは1つだ」

 

僕と大ちゃんとゴマちゃんは

笑顔でうなづいた。

 

 

「帰ろう!

   俺たちの場所へ!」

 

 

 

 

僕達は非常階段を全速力で駆け下りた。

朝の太陽が輝いていた。

https://m.youtube.com/watch?v=-yUneaknSoM

 

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