アルコール中毒ROCK

酒と病気と音楽と人生を転がり倒す。

24.『26歳』最後の冒険-前編-

季節は8月上旬。

夏真っ盛り。

 

喫煙所で僕にアイスコーヒーを作ってくれるえみちゃんがいた。

いつものメンバーで煙草を吹かしていた。

 

7月に入って僕はすこぶる晴れた心になった。

僕は思いついたように今週中に退院しようと心に決めた。かれこれ9ヶ月も入院した。

 

「皆んな、実は僕は今週の金曜日に

   退院することに決めたんだよ」

僕の言葉に皆んな驚いた。

 

えみちゃんが僕のTシャツを引っ張った。

「金ちゃんもう少し一緒にいようよー」

 

大ちゃんとゴマちゃんも「そうですよう」と僕を引き止めてくれた。

 

柳川さんが皆んなをなだめた。

「金ちゃんの旅立ちをさまたげたらダメさ。

   皆んなで笑顔で送り出してあげようや」

 

皆んな、寂しげではあったが笑顔でうなづいてくれた。

 

「皆んなありがとう!」

僕も笑顔で答えた。

 

 

真夜中、午前1時。

デイルームの端で僕と大ちゃんはカップ麺をすすっていた。

大ちゃんが麺をすすりながらもごもご言った。

 

「き、きたろうちゃん、どしているかなあ、」

 

僕は端を休めた。

「きっとXのHIDEみたいになってるよ!」

 

大ちゃんは元気よく「ふんふん!」とうなづくとまたカップ麺を食べはじめた。

僕も麺をすすった。

 

こんな時間に珍しく柳川さんがデイルームに顔を出した。柳川さんは僕の隣に座った。

「金ちゃんこれをあげるよ」

 

柳川さんは紙袋を僕に渡した。

中には黒いTシャツが入っていた。

僕はTシャツを取り出して広げてみるとTシャツには

シド・ヴィシャス

の写真がプリントされていた。

 

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「わあっ!カッコいい!!」

 

柳川さんが笑いながら言った。

シド・ヴィシャスの思想はともかく

   カッコいいだろ?」

 

僕はぶんぶん首を縦にふって大喜びした。

「柳川さん!ありがとうございます!!

   嬉しいなあ!今着てみていいですか!?」

 

「もちろん!着てみろよ!」

 

僕は喜んで着替えてみせた。

 

「じゃーん!」

僕は着替えたシド・ヴィシャスを柳川さんと大ちゃんに見せびらかした。

 

柳川さんと大ちゃんは拍手した。

「似合ってるぞ!やっぱ金ちゃんはロッカーだな!」

 

照れていた僕に大ちゃんが、

「よー!だいとーりょー、!」

と指差した。

 

僕達は爆笑した。

看護師が飛んできて叱られてしまった。

 

 

 

退院する前日の昼食の後。

僕達は喫煙所にいた。

 

柳川さんがまた何やら悪そうに笑いながら皆んなに話した。

太宰府病院の横にある、

   ばーちゃんが1人でやってる自転車屋

   俺たち患者が遠出したい時、

   チャリを貸してくれるんだぜ」

 

えみちゃんが乗り気満々で言った。

「遊びに行こうよ!金ちゃん最後だよ!」

 

「皆んなどうだい?」

柳川さんが悪そうに笑った。

 

皆んな一斉に、

「行こう!!」

と叫んだ。

 

「じゃあ今から皆んな出かける準備だ!

   自転車屋にGO!!」

 

「オーッ!!」

 

 

 

 

 

「ばーちゃん!自転車3台貸してくれー」

柳川さんが自転車屋さんのガラス戸を開けた。

 

「おやおや、柳川くん、

   久しぶりだねー

   3台持ってきなー

  みんな気をつけてなー」

優しそうなおばあちゃんはこころよく自転車を貸してくれた。

 

柳川さんが自転車を指差した。

「俺はゴマちゃんの後ろ。

   金ちゃんはえみちゃんを後ろに乗せな。

   大ちゃんは1人でチャリに乗れな!」

 

僕達は「はい!」と元気よく返事した。

 

「柳川っちどこに行く??」

えみちゃんがまた元気よく聞いた。

 

太宰府公園に行こう!

   森林公園だし気持ちがいいさ!

   さあ!出発だ!!」

 

「しゅっぱーつっ!!」

 

 

心地よい風を真正面に浴びながら僕達は自転車を漕いで走り出した。

 

 

入道雲もくもく。

夏風を感じながら

26歳、夏の昼下がりを走り抜ける。

 

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