29.『26歳』タロちゃんの夏休み-前編-
8月下旬。
夏が終わる。
タロちゃんはビールサーバー設置業務会社で働いていて盆休みも返上して働いていた。
やっと細やかな夏休みをもらったらしく僕に金曜日、電話をしてきた。
「金ちゃん?今日金ちゃんの家に遊びにいくけど、
日曜日海釣り行かない?」
「珍しいね!いいよ!キスが釣れるから
キス釣りして日曜の夜は僕んちで、
キスの天ぷらパーティーしよう!」
「わかった!ういにも言っておくよ!!」
電話は切れた。タロちゃんはいつもにまして張り切っていた。
日曜日の朝、釣りに行く前に「釣りのポイント」に寄って餌とキス用の釣り針を買おうと思った。
夕方、
タロちゃんとういちゃんがやってきた。
僕達は皆んなで瞳ちゃんが作った手料理を囲み酒を呑みながら食べた。
タロちゃんは明日の海釣りのことばかり話していた。
「金ちゃん、本当にバス釣りの仕掛けで
キスが釣れるの?」
僕は得意げに言った。
「白い砂浜から天秤オモリでの
フルキャスト時代は終わったんだよ!
今は手返しがいい軽い竿とリールと仕掛けだよ!」
タロちゃんは焼酎を一気に呑んだ。
「ムキーッ!
早く朝にならないかな!
もう寝ようか!?」
僕達はげらげら笑いながらはやる気持ちのタロちゃんをなだめた。
久々のアコースティックギターを取り出すと、僕は研ナオコの
『夏をあきらめて』
を弾いた。
酒を煽りなら皆んなで歌いあった。
早朝4時。
僕とタロちゃんは釣り道具を片手にタロちゃんの車に乗り込んだ。
僕達は東区の「多々良」という場所にある釣具屋さんに寄った。
寄った釣具屋さんは「釣りのポイント」
店舗によるが平日は朝6時から、日曜祭日は朝5時から開いてある。店の中には釣り師達の姿がチラホラと居た。
タロちゃんはキス釣り用のサビキ針6号を手にした。
サビキ針とは1本の仕掛け糸に針が4つや6つ付いている小さな海釣り針である。
僕はタロちゃんに聞いた。
「タロちゃん、
数を狙う?デカさを狙う?」
タロちゃんは張り切った。
「デカさと引きのよさ!」
僕はにやりと笑いタロちゃんにおススメの仕掛けを教えた。
「じゃあサビキじゃなくて単体の針を買おう。
針の大きさは、晩秋ならオチギスといって
大きな刺身ができるくらいのキスが釣れるけど
今ならキス針の7号を買ってみようか。
釣れなかった時の為に小さめの6号針も買おう。
オモリはナスビ形の3号と4号を買おうか!
餌は青虫!」
タロちゃんは「うんうん!」と大きくうなずいた。
「ウキはいらないの?」
「ウキ釣りでキス、釣れるけど
キスは海底にいる魚だから、
仕掛けを沈めてゆっくりリールを巻く釣りをしよ!」
「わかった!」
タロちゃんは元気に答えた。
僕達は買い物を終わらせて釣具屋さんの隣のコンビニで酒と食料を買い込んだ。
買い物が一通り終わるとタロちゃんの車で志賀島の赤灯台へと出発した。
窓を開けた車内に潮風が吹き込んできた。
海だ。
僕達は防波堤の横に車を止めた。
釣り道具と食料を肩に担いでここからは赤灯台を歩いて目指す。
しばらく防波堤沿いに歩いていると釣り人がチラホラと釣り糸を垂らしている。
「金ちゃん急ごう!」
タロちゃんは我慢できなくなったのかかなりの早足になった。
僕は慌ててタロちゃんの後を追った。
5分程歩くと赤灯台に着いた。
僕とタロちゃんはまず清めの酒を海に垂らし、それから乾杯した。
タロちゃんはそそくさとキス釣りの仕掛けを作り出した。
ブラックバス釣りでいうところの
「ダウンショットリグ」
という仕掛けである。
釣り糸に丸い「サルカン」という輪っかの金具を繋ぎそれにキス釣り針を結びその下にオモリがぶら下がるといった仕掛けだ。
キス釣り針に青虫(ミミズの化け物みたいなやつ)を引っ掛けて釣りをする。
1投目。
タロちゃんが「おりゃーっ!」と仕掛けを遠投した。
青虫付きの仕掛けオモリが海底に着くのを待った。
仕掛けオモリが海底まで着くまでは空中の釣り糸にはオモリが海底に沈んでいっているために釣り糸にテンションがかかっており「ピンッ」と張っている。やがてオモリが海底に着底してテンションはゆるみ釣り糸はダラーっと垂れる。
「仕掛け」の完了である。
ブラックバス釣りでのミミズの疑似餌、世に言うワームの場合は竿を動かしてワームを生きているように見せて魚を釣る。
じゃあ初めから生きたミミズを使えばいいじゃないかたと言われそうだが「バス釣り」ではそれが楽しいから仕方がない。
しかし海釣りでも疑似餌で釣れる魚がいる。
とくにスズキは別名「シーバス」とも呼ばれていて海のルアーフィッシングでは根強い人気である。
「おっ!?」
タロちゃんの竿に当たりがあったようだ。
魚は掛かっていなかった。
タロちゃんは仕掛けを回収すると新しい青虫を付け直してまたブンッと遠投した。
仕掛けオモリが着底するのを待った。
釣り糸へのテンションが外れ釣り糸がダランと垂れた。
僕も仕掛けを作って青虫が釣り針から外れない程度の力で
「えいっ!やあーっ!!」
と遠投した。タロちゃんよりはるかに僕の仕掛けは飛んだ。
仕掛けは着底した瞬間竿に当たりがあった。
すかさず竿をブンッと引っ張ってアワせる。
「アワセ」とは釣り針に食いついた魚の口に釣り針を食い込ませる方法である。
「金ちゃんいいなー!
1投目かよー!」
タロちゃんが羨ましそうに言った。
掛かった魚は「ハゼ」というキス釣りをしているとよく釣れてくる海底の魚だ。天ぷらにすると美味である。10センチ前後だ。
「ハゼでもいいから釣りたい!」
タロちゃんはがぜんハリキリだした。
僕は釣れたハゼを「捕獲網」に入れてロープで海の中に沈めた。こうすることによって釣れた魚を生きたまま捕獲できて新鮮な状態でストックできておられるのである。
「タロちゃん、
仕掛け針を小さい6号に代えてみて、
あとオモリも3号から4号にかえよう。
今より仕掛けが飛ぶし、
魚のアタリもよくなるはずだ!」
タロちゃんは「わかった!」と元気よく返事をして仕掛けを作り直した。
それからめいいっぱい遠投した。
しばらくするとタロちゃんの竿がしなった。
「き、きたーっ!!」
タロちゃんは慎重に竿をコントロールした。
釣り針にかかっている魚が水面ではねた。
「キスだよ!タロちゃん!」
僕は興奮した。タロちゃんも興奮していた。
海面から僕達がいる防波堤まで高さが7、8メートルはある。タロちゃんは慎重にキスを釣り上げた。
「やたー!やたよーっ!!」
タロちゃんと僕は興奮のルツボと化していた。
この季節には珍しくキスのサイズは20センチ近く良型でぷりぷりだった。
「記念すべき初キス1匹目はここでさばいて
焼いて食べよう!!」
タロちゃんがはりきった。
僕も「賛成!」と声を上げた。
僕達はトルエンなんかが入っていた空の四角い小さな缶と薪木を持っていっていた。さっそく薪をトルエン缶の中に入れて火を付けた。
タロちゃんはサバイバルナイフで手際よくキスを2枚にオロした。
Gショックは10時をつげた。
プチ焚き火パーティーの始まりであった。
入道雲もくもく。