34.『27歳』鳶一代。
6月に入った。
現場は蒸し暑く汗だくで作業していた。
夢田組の職人は一部を除いてとにかくウダウダと働いていて見ていてイライラした。
僕は馬鹿の真似をしようと決めた。
馬鹿の真似とは知ってるのにわからないフリをすることである。出しゃばったところで出る杭は打つといった社風であった為そう頑張ることはしないと決めた。時期を待つことにした。
今から夏になる。
このおっさん達が夏、どれだけ動けるか楽しみであった。
現場から会社に帰ってきて専務が「金田はどうだった」と聞くと4流職人が「まだまだですよー」と偉そうに言った。
僕が入ってきたことで自分達の立場が脅かされると無い知恵を絞った姑息な言動であろう。
足場地組もできず図面もロクに読めないくせにいけしゃあしゃあとよく言うもんだ。
専務が職人の中の親分『広さん』さんに言った
「広!明日金田をお前が現場に連れていけ!」
広さんは僕のをチラッと見ると不敵な笑みを浮かべた。
どう思われようがいい。僕ができる精一杯の力で仕事をしようと思い皆んなに挨拶をして自宅に帰った。
家に着いてお風呂に入り夕飯を自炊する。
用意が全て終わってから僕は缶ビールを呑む。
夕飯は軽く食べると僕はいつものように焼酎の「いいちこ」にレモンスライスを1枚入れて呑みながらチャットをする。
夜8時頃にりんが芋部屋を開く。
その頃にワラワラと常連達が芋部屋に入室してくる。
会話ははずみやがてまたオフ会の話になった。
皆んな常連は関東ばかりで中々集まれないねと会話していた。
夜は更けて僕とりんとじょじょだけとなった。
じょじょが提案した。
「かのんとりんちゃんと俺、
3人で呑みに行こうか!
3人なら身軽だし!」
りんは「いいよー♪」と乗り気だった。
僕ももちろんOKした。
「じゃあ明後日の土曜日に大名町で!
時間は携帯でまた取り合おう!」
「じゃあまた明日ねー」
「ヴァイヴァーイ☆」
またりんに会える。
明後日が楽しみだ。
その日は明日の広さんとの仕事もあるので早く眠ることにした。
広さんとの仕事の日がやってきた。
前に話した『トモくん』が現場車を運転して僕は助手席に乗り広さんは後部座席に座った。
トモくんは僕に「鳶歴何年?」とか「彼女はいるん?」と根掘り葉掘り聞いてくる。
「トモくんと鳶歴変わらないと思うよ」
と適当に話した。
広さんは沈黙していた。
トモが広さんに話しかけた。
「広さん、今日は鉄筋足場組ですね!
鉄筋足場組めてから鳶なんですよね!?
オレもう結構組めますよ!」
広さんは「ふーん」と流したように感じた。
現場に着くと人夫出し下請けの「西海工業」が5人来ていた。しばらくするとラジオ体操が始まった。ラジオ体操が終わると朝礼である。
各業者の職長が作業内容と作業人員を発表する。
朝礼が終わるとこれまた各業者ごとにKY活動(危険予知活動の略)があり図面を皆んなで見て職長が作業員にそれぞれの作業を支持する。
KY活動が終わり作業前の煙草一服を皆んなでしていると広さんがおもむろに僕を見て言った。
「金田よ、
お前鉄筋足場組めるか」
僕は顔色変えずに「はい」と真っ直ぐに答えた。
広さんは煙草を吸い終わると僕に指示した。
「金田は西海工業さん3人使って組んでいけ。
トモと西海工業さん2人は俺と組む。
よし、やるぞ」
「はい!」
一斉に職人達は詰所を出て行く。
トモくんだけがあまり気にくわない顔をしていた。広さんが僕に指揮を取れと言ったのが面白くなかったんだろう。
しかし人生は弱肉強食。うつむいてなんかいられないんだ。
僕の足場組スタイルは綺麗に組むのはもちろんだがなんと言っても「スピード」である。
自分で仕事を受けてやっていた時もやはりどれだけのスピードで足場をさばくかだった。
広さん、トモくんチームは東面から、
僕のチームは西面から両方とも北面に向かって一斉に組み出した。
久々の指揮を取る立場に血がうずいた。暑さをもろともせずにガンガン組んでいく。
あっという間に時間は10時になり煙草の一服の時間になった。
トモくんは広さんから皆んなのジュースを買いに行かされていた。
鉄筋足場のスピードは広さん、トモくんチームより10メートル程僕のチームの方が進んでいた。じっと広さんが組んだ足場を見ていると全く無駄が無い綺麗な鉄筋足場だった。
僕のチームの方が確かに速かったが正確さは完全に負けていた。
すっと後ろから広さんがくわえ煙草で現れた。
「広さん、やっぱり広さんには敵いません」
広さんは煙をひと吐きするのにやっと笑った。
「嘘つけ、
楽勝と思ってるだろが」
「とんでもありません!スピードばかりでダメです」
広さんは煙草を消すと僕の肩を叩いた。
「それでいいんだ。
お前みたいな鳶がうちには必要だった。
トモは使いにくいだろうが頼むぞ」
広さんはそう言うと詰所に入っていった。
僕は久々に仕事で心が躍る気分になった。
ジュースを買いに行ったトモくんを追いかけた。2人でコンビニでジュースを買った。
コンビニから現場への帰り道、トモくんが僕に恨めしそうに言った。
「金ちゃん、オレと経験一緒で嘘やん。
広さんに気に入ってもらっていいなー
自分ばっかりさー」
このトモくんという男はかなりめんどくさい奴だと直感したが4流職人からはともかくとして何故か専務から気に入られていた。
休憩もそこそこに午前ラスト頑張り時だ。
スピード上げてガンガンいくぜ。
ノッてる奴だけ連れてくぜ。
hideのセリフを口ずさみながら僕は北面に向けてどんどん組んでいく。初夏の太陽がジリジリからだを照らす。
「おーい!金田ー!
メシだー!」
広さんの声が聞こえた。
作業はキリがいい所でやめて僕らは昼休みに入った。
広さんは愛妻弁当だった。
トモくんは2人の子持ちの女性の家に転がり込んでいるらしいがその彼女は朝起きないらしくコンビニ弁当だった。
僕は自分で自炊した夕飯の残りで毎日弁当持参だ。
昼ごはんを済ませた広さんとトモくんは現場車の中で昼寝をした。僕は昔から昼寝が苦手で午後から組む場所の図面を見ていた。
Gショックを見ると12時50分だった。
僕は昼休みの最後の一服をしていると広さんが詰所に入ってきた。
「トモはいつも1時ギリギリまで寝とる。
つまらん奴やのう」
と吐き捨てるように言った。
1時5分前になり僕は安全帯を装着した。
それに続くように西海工業の皆んなも作業の準備に取り掛かった。トモくんはまだ寝ている。くだらない男だと車の中で寝てるトモくんを横目に午後からの作業に取り掛かった。
北面向けて単管パイプでどんどん組んでいく。
広さんチームの方で怒鳴り声が聞こえた。トモくんが叱られているようだった。
西陽が輝いてきた。
僕は北面まで単管パイプを組み終わり広さんに指示をもらいに行った。
広さんは額に汗しながら、
「おう、こっちも終わるから
西面の材料整理しといてくれ」
僕は元気よく「はい!」と答えると西海工業の皆んなと作業片付けに入った。
無事作業終了。
西海工業の職人さん達に挨拶をすると僕とトモくんと広さんは現場車に乗り込んだ。
帰りの車の中、トモくんはクタクタのようだった。
広さんが口を開いた。
「金田、
やるじゃねーか」
僕は「とんでもありません!」と答えた。トモくんはブスっとしていた。
会社に着き広さんとトモくんと僕は事務所に上がった。
日報を書き始めた広さんに専務が聞いた。
「広、金田どうだったか?」
広さんは日報を書く手を休めず下を向いたまま、
「明日から現場、
金田に任せてやれ」
と言った。
専務はそれを聞くと明日の現場工程表の職長欄に「金田」と書いた。
トモくんはまたブスーっとしていた。
僕は別に調子に乗っているわけじゃなくて
「当然」
と心の中で思ったのであった。
さて、
さっさと帰って酒呑もう。
すがしがしい疲れただった。
https://m.youtube.com/watch?v=MoI2z0E3l-k